人体に学び、自然を理解し、ナノ戦略で難治性疾患や老化に挑む
科学技術や医学の目覚ましい進歩により人間の平均寿命は延びています。しかし、健康寿命は平均寿命より10-20年くらい短く、その差は年々広がりつつあります。病気は明らかに人々の幸せや平和を脅かします。特に難治性疾患は、患者本人のみならず、家族、医療現場、そして社会全体に多大な負担をもたらしています。
私たちの研究室では、既存の医療では十分な成果が得られない難治性疾患や加齢性疾患に対して、より効果的で安全な治療法の実現を目指し、革新的なナノメディシンとバイオマテリアルの研究に取り組んでいます。特に、自然や人体由来の分子を基盤としたナノ粒子を設計・開発することで、単なる薬剤の運搬体にとどまらず、自然・人体に備わった本来の機能や仕組みをナノ粒子設計に組み込むことにより、治療効果を相乗的に高める新しいナノテクノロジープラットフォームの構築を目指しています。この研究は、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)において19年間にわたり育んできたものを礎としており、これまでにトップジャーナルでの論文発表、90件以上の国際特許の出願・登録、そして世界的な学術賞の受賞といった形で高い国際的評価を受けています。
現代の医療では、治療薬が病変組織に十分に届かない、正常組織への副作用が大きい、薬剤耐性が生じやすい、あるいは投与方法自体が患者・医療機関の大きな負担になっているといった課題が存在し、これらが効果的な治療の実現を妨げています。
私たちの研究室では、まず「いまの治療で何が問題となっているのか」「治療効果や患者負担を改善するためのニーズは何なのか」といった問いを立て、その課題を解決するためのバイオマテリアルシステムの設計・構築を進めています。学生や研究スタッフとともに、疾患の病態、素材設計の科学的意義、社会的ニーズ、社会実装について普段から深く議論しながら、合理的な実験設計と論理的な検証を積み重ねる研究活動を行っています。こうした研究活動を通じて、課題を見つけ出し定義する力、独創的な発想力、学際的な知識の統合力、データに基づいて論理的に考える力、そして研究成果を社会に還元する責任感と倫理観を育てていきたいと考えています。
人間もこの世界も完璧ではありません。いろんな問題を抱えて生きています。だからこそ、まずは現状の自分や社会の限界を正しく認識し、そのうえで、秘められた自分の可能性や、自分の研究によって変えていける未来の世界を想像しながら、日々真摯に臨んでいきたいと考えています。我々の身体やこの世界は多くの未知と叡智に満ちあふれています。それらを探究し、自らの研究成果を世界に発信し、社会に貢献することはこの上なく魅力的で意義深い営みです。これまで不可能とされてきた治療を可能にする、その挑戦の旅路を志を一緒にする者たちと共に臨んで行きたいと思っています。